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zoom RSS もにょっ。(北乃カムイではない)

<<   作成日時 : 2015/02/25 01:49   >>

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ども、体重が下げ止まらないはるしおんPです。

前回マイクラのサーバー構築の記事を書くと言ったな、アレはもう少し先になった。
今回は臨時特番です。

というのもこんなやりとりを見てちょっと"もにょり"まして。






もにょった事を書く前においらの来歴について説明します。(付き合ってね)

埼玉北西部出身・在住。
当時、合併前の町で地元の町立小学校へ入学、
小5の時くらいに写生会があったのですが、
その時美術の先生に「もうちょっと工夫すれば良くなる、(展覧会に)推薦できる」と
曖昧な表現をされた結果。
当時水彩絵具にあった銀色で水面のきらめきを補完し、その先生に見せた結果、

没になりました。(銀色でやっちまったと思ったんだろうなぁ。。。)

今思えば、これが「評価」との戦いの始まりでもあった気がします。

そして町(市)立中学校と進学し、
中2の頃、近隣の大学とCGに関わる文科省のサイエンスプログラムなるものに
当時部長として所属していた科学部(実態はパソコン部)が参加することになり
都合が合う部員数人と夏休み中、近隣大学へCG製作の講習を受けに行くことに。

当時は2000年台初頭、CG、AR技術としては走り始めた頃でした。

エディターはShade(6〜7.5位だったかな)でエディット。
最終的にはそれで作成した物を、大学内の床を含めた4面プロジェクターで投影し、
偏光フィルターのついたメガネで自分の作品を立体で見るという、
当時としては割と贅沢な体験でした。

(大学はF欄なのですが。。。)

2年連続で部長として参加(せざるを得ないから)してましたが、
初回時、よく在る学校のプールを作っていて、指導を担当していた学生さんが
ここまで出来るのはすごい、水面のテクスチャが凄いと言い始め
(今となってはハッ?これで?という業務じゃ話にならないレベル、
もちろん自分も当時こんなんで?という感じ)

今度学生CGコンテスト(一応CG-ARTS協会協賛)を
うちの大学で始めるから出してみたらという事で出した所。

最優秀賞(+図書券10万円分)

お、おぅって感じでした。。。
ちなみに大学で本表彰をやった後、
中学の体育館で壇上に上がって表彰を改めてやるのですが、
その際に校長が「図書券10万円分を進呈する」と言った瞬間
後ろから「エーッ!!」

ザワ・・・
  ザワ・・・

(そりゃ言えばなるわな、その時は流石に苦い顔でちらっと後ろ見ましたよ。。。)

その後図書券クレクレくんが多数出てきたのはご愛嬌ということで。。。

その後、第2回で大学の施設をモデリングし優秀賞(+図書券 5万円分)に。
まぁ、技術と能力の進歩は早いもので、3回目は参加する気にもならず。
そのまま卒業。

前期・後期で地元の商業高校を受けるも通らず。
2次募集でどうにか拾われた高校の商業科に進学しました。

当時、ニコニコが隆盛し始め、まさにニコニコ流星群などの動画がアップされ始めた時期で
もちろんMAD動画や違法ULも乱造されていた時代でした、
(おいらのニコニコの垢はRC世代。)
実際、謎のクオリティーで、友人もMAD動画にウケてましたから、
ある世代には需要と供給が合致していたのでしょう。

しかし、権利者、法規問題から、ニコニコも黙って放って置くわけには行かなくなり、
MAD・違法ULを淘汰して健全化へと進んでいました、ニコニコ自身もこれに変わる柱を
模索していたのではないかと。

そんな中、ニコニコにおける「3本の矢」が自発的に発生することとなります。
東方・ボカロ・歌みた
この3本の矢が現在、ニコニコの主要コンテンツとなります。

おいらが高2頃の時は丁度、3本の矢への過渡期で
自分は友人からMAD動画を帰宅時に聞く程度で強い関わりだったかといえば、?になります。
当時はモバゲータウン(現mobage)に活気がありましたから、そちらでブログ書いてる方が
主でした。(今となっては黒歴史?)
この頃、高校近くに出来たニワトリのマークでお馴染みの某ホムセンでバイトを始める。(\750/h)
高2後期になると携帯動画変換君で楽曲取得したり
動画変換してminiSD経由でガラケー(P902i)に投入してました。
(おいらがエンコ技術を得る切欠けになった、当時はminiSDだったんですよ。。。w)

高3前期ぐらいでみっくみくにしてあげる♪に出会い、ミク廃に入信。(割とここで人生狂った)
当時自宅のネット接続環境はダイアルアップとガラケーしかなく、
時折、ネカフェに行って動画をDLし個人的に楽しんでおりました。
(初めて夏コミに一般参加したのもこの時期。)
当時はまだ自転車で音楽聴きながら帰れましたから片道約10km(1時間半)の道程をBTヘッドホンを耳あて代わりにして時折カラオケしつつ帰ったりしてました。(禁止になったのは高校卒業前くらい)
その後V2ミクさんを購入し、DAW環境にCubase4アカデミックをアキバの祖父クリ館で、CD-900STをどっかで購入。(高校バイトでI/Fまでは手が届かなかったよ。。。w)
最初はMIDIデーターを付属のVST音源でシーケンスさせてみるだけでした。

この時商業科だったのでPhotoshopの授業があり、基礎は学んでました。
(井の中の蛙で成績はクラス最上位、イラレは独学に近いが一応フォトショは違うのよ。。。)

で、当時のおいらは
3Dやった、
デザイン・グラフィックやった、

で後は何が足りない?

となって当時みっくみくになってたおいらは進学先に音楽も考えます。

高輪の某大学情報系のオープンキャンパスを受けに行き、入試について相談しますが、
おいらの高校では

授 業 内 容 が 足 ら な か っ た 。
(微分積分ヤッテネーヨ。。。)

ということで当時、西新宿駅前で大規模開発していた某専門学校に目を向けます。
友人に見学しないかと誘われたので代々木PA近くの某学校にも行きますが、
学歴にならないので無しに。
秋葉原の株式会社立大学にもオープンキャンパス・説明会に行きますが
そこで出されたアキバ検定なるものに全問正解、なんか賞品もらう。
通ってる大学生よりもおいらの方がアキバ知ってるやん。。。
(その前に自分達で作った問題が自分でもわからないって発言どーなのよ。。。)
という経緯から株式会社立大学だったこともありボツ。

もちろん西新宿の某専門学校では何度も説明会に行き、学科も変え、
親父も連れ込んで見定めしてもらいました。
CG学科の体験授業もいまいちだったのでミュージック学科(以下μ科)へ。
(ちなみにCG学科の体験授業は平面に木を生やすというもの)

推薦で書類通過、そのまま何もなく1期生で入学。

講師勢は一応粒ぞろいで
楽典で苦労しましたが、そこからは端折って。。。

3年後期から就活が始まり、5月の大手宝くじラッシュが軒並み外れ。
一部ブラックを避けつつ、手当たりしだい就活しておりました。
授業中ですら来る就活担当のエントリーノルマとプレッシャーに揉まれつつ
いわゆる就活冬の時期(この時期はノルマ与えても増えないからね!)を通過し、9月頃某スタジオに応募。
書類、面接の後、1週間のインターン試験?から、終面。「えっ、通ったの」という拍子抜けでDVDエディターとして内定、
この時他に出してた目○の大手MA会社の面接通知が来る。

待遇面は
スタジオが契約で15万+歩合、意外にも福利厚生は良い。
大手MA会社が正社で18万

状況は
スタジオはすぐ研修させたいから待てない、学校から問い合わせてもダメ。
大手MA会社は集団面接なので待てない。
学校側は本当は卒業まで学業に専念させたいが研修なら仕方ない、許容する。
しかし、どちらかにしろ。


もちろん学内で関係者に相談しますが、これと言った解は出ず。
保険すら作れない状態になったおいらは最後に目先を見ます。
その結果、大手MA会社に特攻して爆死。

卒業後、μ科同クラスの人の紹介で単発バイトに出た時。
同社に内定したμ科同クラスの人の後日談で、
「忙しくて1年で辞めた。」

おいら: (;・∀・)ハッ? イチネンデヤメタ!?

卒業後も1年弱程就活を行いますが新卒の長い選考期間と労力、交通費、中途採用の相手にしなさと既卒募集の無さと徒労とお祈りにうんざりし、鬱状態となり、一時は死ぬ気力すら奪われ、
友人の本当に余計なお節介と家庭内問題にも気力を奪われ、1年ほど経ち、
どうにか気力が回復しつつありますが、再開しても希望する所で取る所あるの?という状態です。

ここで本題に戻ります。

現実厳しいです、内定とっても上記のようなことがあります、気が抜けません。
人生掛けて就活してもお祈り出されてハイ終わりですから。
しかもそれ以外の評価はない、理由は自分で察しろ、自分で考えろの話。

「悪すぎ」とは言われるが「ピアノのセンスが」とは言われないんですね。

そういう意味では理由を言われるだけマシ、聞けるだけマシかもしれません。
大半の人が当たり障りなく何も言いませんから。
理由があることから当人は正当に怒ることも納得することもできます。

意外に本当に答えが知りたい時に聞いても、ほぼヒントも何も出やしないのです。
「人の重要なことに責任持ちたくないから。」
この理由は大きいでしょう、
(中には某お節介な友人の様に責任取れない人が
 人の重要なことを勝手に決めたがることがありますが)

逆に知らなくてもいい時に本当の答えが出てきたりします。
自分の場合は同期生から「デザイナーのバイトとか行けるんじゃね」と言われた時。
正直自分としては井の中の蛙でおいらみたいなのはゴマンといるし、
実績もそれほど無ければポートフォリオすら無い。
学歴も少々ずれてる。

しかしデザイナーのセンスと技術はあるんじゃね?と言われるんです。

その声が出てくるのはμ科の同期たちです。
これがCG科、デザイン科の人たちだったらどう言うか。。。

評価する者によってセンスの意味、技術の有り無しのレベルは大きく変わります。
それで発生するのが井の中の蛙現象なわけです。
いい例が内輪ネタ、サークルクラッシャーですね、えぇ。。。
ある分野でセンスがあっても、ある分野でセンスがあるわけではない。

「あなたのセンスは私にとって最高だが、他の人が見るとそーでもない。」

「あなたのセンスはこの界隈から見ると最高だが、世間が見るとそーでもない。」

「あなたのセンスはある世代が見ると最高だが、別の世代が見るとそーでもない。」

「あなたのセンスはある国が見ると世界最高だが、別の国が見るとそーでもない。」

しかしそのセンスが無くても人生かけて頑張ってる人は居ます。
制約からそうせざるを得ない人。
いくらお祈りが出ようと、がむしゃらに就活してる人。
採用者(人事)から見てお祈りだとしても人生賭けて頑張って就活してます。
そんなこと言ったらシジミがトゥルルで頑張ってるんですよ。

やってる側(時には見てる側)としては虚しいですよね、努力しても結果はわかりきってますから。
実際おいらも追い込まれました。

それでもなぜやるか、最早執念か怨念しか無い。
誰かが止めねばそのまま続けることもある。

\もう止めて!ライフは0よ!!/

ナンセンスと言うのはナンセンスは誰の目から見てもナンセンスである事もあるのです。

広い視野で正当な評価の上、多岐に渡る相応のフォローを要する。

まぁこれが出来る人は数少ないと思いますが。。。


最後に。
戯言を投げつけるとは何事か、
それが本気でやっている
者への態度かね。


3D 4D or NOT AR
最早アドバイスよりもSNRIが必要になったら終わりです。

ではでは、ノシ






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